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甲府地方裁判所 昭和49年(ワ)272号 判決

原告 株式会社野澤組

被告 有限会社カイキ 外一名

主文

一、被告らは各自金二、九四二万八、九六五円及びこれに対する昭和四九年一月七日から完済まで年五分の割合による金員を、被告有限会社カイキは右のほか単独で金六、八六六万七、五八五円及び右同日より完済まで右同率の割合の金員をそれぞれ支払え。

二、原告の被告山梨通運株式会社に対するその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は原告と被告有限会社カイキとの間においては全部同被告の負担とし、原告と被告山梨通運株式会社との間においてはその七〇パーセントを原告の、三〇パーセントを同被告の負担とする。

四、この判決は原告勝訴部分に限り、被告有限会社カイキに対する関係では無担保で、同山梨通運株式会社に対する関係では原告において金六〇〇万円の担保を供したときは仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

(原告)

一、被告らは、各自原告に対し、金九、八〇九万六、五五〇円およびこれに対する昭和四九年一月七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言。

(被告ら)

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二、当事者の主張

一、(請求原因)

1  (被告有限会社カイキに対する関係)

(一) 原告と被告有限会社カイキ(以下カイキと略称する)とは昭和四八年一〇月前に原告を買主、被告カイキを売主とし、婦人用セーターの備蓄販売を内容とする継続的売買契約を締結し、以後同四九年六月まで取引した。

(二) その取引の形態は、原告が被告カイキに注文し被告カイキが商品を製作すると一旦被告山梨通運株式会社(以下山梨通運と略称する)の倉庫に保管し、入庫報告書を添付した被告カイキの請求書に基づき原告は同被告に代金を支払い、原告は必要に応じて随時商品を出庫する、というものであつた。

(三) ところが被告カイキの代表者鶴田六三は昭和四八年一〇月頃より同四九年六月までの間に原告発注の商品が現実には製作されていず、被告山梨通運の倉庫に入庫されていないのに、あたかも商品を製作し入庫されているかの如く装い、被告山梨通運の係員に虚偽の入庫報告書を作成してもらい、これを請求書に添付して原告をしてあたかも商品が被告山梨通運の倉庫に入庫しているものと誤信させて代金名下に金員の交付を受けた。その年月日、数量、回数、金額は別表記載のとおりであり、その合計騙取金額は九、八〇九万六、五五〇円となる。

2  (被告山梨通運に対する関係)

(一) 前段の(被告カイキに対する関係)(一)(二)の各事実と同じであるのでこれを引用する。

(二) 原告と被告山梨通運とは、昭和四六年一〇月頃より同四七年一月までの間に前記の原告と被告カイキとの備蓄販売契約の締結に伴い、次のとおりの倉庫寄託契約を結んだ。

(1)  原告は被告カイキに注文し同被告が製作した商品を被告山梨通運に寄託し、同被告はその都度原告宛に倉庫証券に代わるものとして入庫報告書を作成する。

(2)  原告は右入庫報告書に基づき被告カイキに商品代金を支払い、寄託料はこれを含めて被告カイキに支払うが、同被告が原告に代わつて被告山梨通運に支払う。

(三) 被告山梨通運は、右契約に基づき真実の入庫報告書を作成する義務を負担しているのに、昭和四八年一〇月から同四九年六月までの間に被告カイキの依頼により真実は商品の入庫がないのにこれがあるかの如く装つた虚偽の入庫報告書を作成した。そのため原告はこれを信用して被告カイキに対し前記のとおりの金額を支払つたため、同額の損害を蒙つた。したがつて被告山梨通運は債務不履行による右同額の損害賠償義務を負うものである。

(四) 又、被告山梨通運の被用者である訴外中村昌訓及び同浜中征夫等は被告カイキの代表者鶴田六三と共謀し前記のとおり鶴田六三が虚偽の入庫報告書により原告から金員を騙取するにつき、自ら虚偽の入庫報告書を作成し、仮に共謀がなかつたとしても被告の使用人等は入庫報告書の使途についても、虚偽入庫報告書であることについても認識があつたのであるから少なくとも過失により、原告をして右虚偽の入庫報告書に基づき前記のとおりの金員の支払を余儀なくさせ、右同額の損害を与えた。

3  (被告ら共通)

以上の次第で、被告カイキはその代表者鶴田六三の詐欺による不法行為により、被告山梨通運は債務不履行又はその使用人の右鶴田との共同不法行為による使用者責任として、被告らは各自原告に対し右損害額金九、八〇九万六、五五〇円及び債務不履行による損害発生の日の翌日又は不法行為の日の後日である昭和四九年一月七日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるものというべきであるので、原告は被告らに対し右の支払を求める。

二、(被告カイキの答弁)

請求原因(一)(二)の各事実は認め、同(三)の事実は否認する。被告カイキは原告の発注にかゝる商品につき訴外株式会社富士ニツト(以下富士ニツトと略称する)に下請をさせ、同社より直接被告山梨通運の倉庫に製品の搬入をさせており、被告カイキは右富士ニツトからの納入数の連絡を得て入庫報告書を作成した。ところが右富士ニツトは昭和四八年一〇月頃より営業状態が悪化し以後引続き経営が振わなかつたことから、現実に製品の納入をしていないのに、している如く装つて被告カイキに連絡した。被告カイキはこれを信用して入庫報告書を作成したため、虚偽の入庫報告書を作成した結果となつたのである。

三、(被告山梨通運の答弁)

(一)の事実は不知、(二)(三)(四)の事実はすべて否認する。被告山梨通運は被告カイキの依頼により寄託を受けていたものであり、原告宛に入庫報告書を作成して発行すべき義務もなければ、現実に原告宛に発行したことはない。入庫報告書は被告カイキが作成して発行していたものである。その上原告と被告カイキとの間で入庫報告書が原告の主張のような機能を有していたことは知る由もなかつた。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、(被告カイキに対する関係)

1、原告と被告カイキとが昭和四八年一〇月前に原告を買主、同被告を売主とし婦人用セーターの備蓄販売を内容とする継続的売買契約を締結し、以後同四九年六月まで取引を継続したこと、その形態は原告が被告カイキに注文し被告カイキが商品を製作すると一旦被告山梨通運の倉庫に保管し、入庫報告書を添付した被告カイキの請求書に基づき原告は同被告に代金を支払い、原告は必要に応じて商品を出庫するというものであつたこと(請求原因1、(一)(二)の事実)は当事者間に争いがない。

2、そこで被告カイキの不法行為の成否について検討するに、証人綾田一夫の証言により成立の真正が認められる甲第四五、四六号証(但し、官公署作成部分の成立は当事者間に争いがない)、成立に争いがない甲第四七ないし四九号証、並びに証人綾田一夫の証言及び被告カイキの代表者本人尋問の結果を総合すると、被告カイキの代表者鶴田六三は昭和四八年一〇月頃から被告山梨通運の係員が右鶴田を信用して入庫に際し荷物の点検をせず、かつ予めまとめて渡されている白紙の入庫報告書用紙に自ら記入した入庫報告書に容易に山梨通運名のスタンプを押してくれることを奇貨とし真実は全く又は記載の数だけは入庫していないのに、入庫したように右白紙の入庫報告用紙に記入し、これに山梨通運の係員にスタンプを押してもらつて、これを原告宛の請求書に添付し、原告よりその記載の金額の金員を代金名下に騙取したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠は存しない。

3、そこで、損害額について検討するに、証人加藤寛の証言により成立の真正が認められる甲第九号証、第一〇号証の五ないし七、第一一号証の六ないし一〇、第一二号証の五ないし七、第一三号証の七、八、第一四号証の一〇、一一、第一五号証の一二ないし一五、第一六号証の一二ないし一六、第一七号証の九ないし一二、成立に争いのない第一〇号証の一ないし四、八、第一一号証の一ないし五、一一、第一二号証の一ないし四、八、第一三号証の一ないし六、九、第一四号証の一ないし九、一二、第一五号証の一ないし一一、一六、一七、第一六号証の一ないし一一、一七、第一七号証の一ないし八、一三、第五〇号証の一ないし三を総合すると損害額は別紙記載のとおりであり、合計九、八〇九万六、五五〇円であることが認められる。

二、(被告山梨通運に対する関係)

1、証人加藤寛の証言及び被告カイキの代表者本人尋問の結果によると、前段1記載のとおりの事実(請求原因2(一)で引用する1(一)(二)の事実)が認められる。

2、そこで、原告と被告山梨通運との間に、昭和四六年一〇月頃から四七年一月までの間に寄託契約が締結されたか否かについて検討する。その肯定的事実にそう証人加藤寛、同綾田一夫及び同里見八州男の各証言は成立に争いのない乙第一四号証、証人中村昌訓及び同浜中征夫の各証言並びに被告カイキの代表者本人尋問の結果に照らしてにわかに採用しがたい。又、証人加藤寛の証言により成立の真正が認められる甲第一八号証一、二の記載も右事実にそうが、同証言によるとこれは原告内の稟議に関する書類であつて原告の社員綾田一夫及び加藤寛が作成したものであることが認められ、その記載自体からは作成当時の原告の社員の認識を証する証拠とはなしえても、前掲反証を考慮すると、右寄託契約の成立を証する証拠とはなしえない。さらに成立に争いのない甲第二五号証の記載も前記事実にそう点があるが、証人里見八州男の証言によると、原告の社員として昭和四九年四月に里見八州男が被告山梨通運の倉庫に保管されている関係商品を点検確認に来た際に、保管状況が乱雑であつたため点検が十分に出来ないと認めて、安心のため被告山梨通運の係員に作成してもらうこととして、後日届けられたものであることが認められ、その書面には記載自体から商品の善管注意義務とその違反の際の損害賠償義務の確認、その確保のため火災保険を付することを確認する旨のことが記載され、その冒頭に「貴社より受託した商品……」という文言があることが認められるが、その重点が保管及び賠償の確保にある点及び前記の反証に照らして考えるとにわかに前記事実を証するに足りる証拠とはいえない。さらに又、成立に争いのない甲第一九ないし二四号証は被告の原告宛発行した在庫証明であるが、証人中村昌訓の証言中には寄託者以外の人にも求めにより在庫証明を出す旨の証言があり、これに照らすとこれも亦前記事実を証する証拠とはなしえない。又、スタンプの真正につき争いのない甲第二六ないし三九号証によると少なくとも被告山梨通運の係員が原告宛の入庫報告書に山梨通運名のスタンプを押したことが認められるけれども、後記認定の原告と被告らとの交渉の経緯からみるとこれも前記事実を証する証拠とはなしえない。

したがつて、原告と被告山梨通運との間の前記の寄託契約の成立を認めることができない。

3、そこで、不法行為の成否について検討する。証人加藤寛、同綾田一夫、同里見八州男、同中村昌訓及び同浜中征夫の各証言並びに被告カイキの代表者の本人尋問の結果を総合すると次のことが認められる。

被告カイキと被告山梨通運とは原告と被告カイキとの取引が始まる前である昭和四二年頃から運送及び寄託のために取引があり、又被告カイキの代表者鶴田六三と被告山梨通運の役員である中村昌訓とは高校の同窓という関係で親しい間柄であつた。ところで、原告は取引先のカシミロン繊維の紹介で昭和四六年頃から被告カイキを知るに及び社員綾田一夫及び加藤寛がその交渉に当ることにし、右加藤が同被告の代表者に婦人用セーターの製作販売を申し込んだところ、被告カイキとしては資金力に乏しく季節物としての婦人用セーターの製作販売をするには資金の援助が必要であるため製作した商品を保管した段階で原告が代金を支払うという形式、いわゆる備蓄販売の形式であれば原告の申込みを承諾することができることとなつた。原告も確実な保管先があれば備蓄販売も止むなしと考え、保管先を被告カイキに打診したところ、同被告の代表者は被告山梨通運が信用があるので是非同被告に保管するよう申し出た。ところが、原告の社員加藤は、被告カイキの代表者から山梨通運においては倉庫証券を発行しないと聞き、交々何かの打解策を検討し、結局入庫報告書を発行してもらいこれに基づいて代金を支払うという結論となつた。そこで、昭和四六年一〇月頃から昭和四七年一月までの間に原告の社員加藤は被告カイキの代表者の案内で挨拶かたがた被告山梨通運に赴き、その社員中村昌訓及び浜中征夫に被告カイキと取引することとなつたこと、取引するにつき商品の保管をお願いすること、入庫報告書を発行してもらうこと等を述べて協力方を願い、被告山梨通運の係員もこれを了承した。しかし、あらためて席を設け形式ばつた交渉という空気ではなく、原告が寄託者となること、入庫報告書に基づいて原告が被告カイキに代金を支払うこと、以後自ら所有者となること等を明確には説明しなかつた。したがつて、寄託のための基本契約書も作成しなかつた。たゞし、原告の社員加藤としては被告カイキの代表者の被告山梨通運に対する事前の交渉については右カイキの代表者より報告を受けておることから、被告山梨通運の社員も原告と被告カイキとの取引の形態、寄託者を原告とすること、原告と被告カイキとの取引に限つては入庫報告書が倉荷証券に代わる機能を与えられることを十分知悉しているものと信じ切つていた。したがつて、原告側の内部関係としては右加藤の認識のとおりに認識され処理された。昭和四七年一月にはいつて原告と被告カイキとの取引がいよいよ実行に移され、両者の前記約束どおり備蓄販売の形式で取引は継続され当初一年余は問題なく取引された。その間に被告山梨通運は被告カイキの要請により原告宛の在庫報告書を発行し、予めまとめて渡している白紙の山梨通運備付の入庫報告書用紙に被告カイキの代表者又は社員が記入して持参する入庫報告書に自己名のスタンプを押して返却し、その入庫報告書の記載は原告宛となつていた。ところが、被告カイキが昭和四八年一〇月頃に至つて荷物を入庫しないのに入庫報告書を作成して被告山梨通運の社員浜中征夫にスタンプの押捺を求めるようになり日頃の親しさも手伝つて後日入庫してくれるものと信用して次々とこれに応じるようになり、結局は虚偽の入庫報告書にスタンプを押すこととなつた。それが本件損害の基礎となつた甲第一〇号証の三、第一一号証の三、四、第一二号証の三、第一三号証の四、五、第一四号証の七、八、第一五号証の八、九、一〇、第一六号証の八、九、一〇(第一七号証の六、七、)の入庫報告書である。原告は右入庫報告書に基づき被告カイキに同記載の金額を支払つた(若干は取引上の相殺が含まれる)。そしてその後昭和四九年六月被告カイキは倒産して支払能力を失つてしまつた。

以上の事実が認められ、前記各証言及び供述中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして採用しがたい。なお、証人中村昌訓及び同浜中征夫の各証言中には被告カイキとの寄託契約は半ば「坪貸」的なものであり、その入庫の量は重要でなかつた旨供述するが、仮に被告山梨通運の係員がそのような意識をもつて衝に当つたとしても、原告宛在庫証明を発行し、原告宛の入庫報告書にスタンプを押す等前記認定のような取扱をなしたことは否定しえない。又、入庫報告書が被告カイキによつて発行されたものか被告山梨通運によつて発行されたものであるかは、前記認定のとおり、原告が入庫報告書に押されている被告山梨通運のスタンプを信用しそのとおり入庫されたものと信じ、かつそう信じるに当事者間の交渉の経緯からみて自然であると認められる場合であるから、不法行為の成否について重要な要素とはならない。

右認定の事実に基づいて考えると、被告山梨通運の被用者浜中征夫及び同中村昌訓は、原告において被告カイキとの取引において入庫報告書をかなり重要視していること、たとい形式が前認定のとおり山梨通運のスタンプを押したものであつてもこれを信用して取引をしていることを知悉し、被告カイキの求めるまゝ後日入庫するであろうと考え虚偽の入庫報告書に安易にスタンプを押し、結果として原告をして右入庫報告書を信用して被告カイキに代金を支払うことを余儀なくせしめたという点で過失による不法行為をなしたものと断ぜざるをえない。したがつて被告山梨通運は使用者としてその責に任じなければならない。そして、右不法行為は被告山梨通運の過失による不法行為とこれと客観的な関連共同の関係にある前記被告カイキの故意による不法行為との共同不法行為であるといわなければならない。

4、そこで損害額について検討するに、証人加藤寛の証言により成立の真正が認められる甲第九号証、第一〇号証の一ないし八、第一一号証の一ないし一一、第一二号証の一ないし八、第一三号証の一ないし九、第一四号証の一ないし一二、第一五号証の一ないし一七、第一六号証の一ないし一七、第一七号証の一ないし一三(但し、第一〇号証の三、第一一号証の三、四、第一二号証の三、第一三号証の四、五、第一四号証の七、八、第一五号証の八、九、一〇、第一六号証の八、九、一〇、第一七号証の六、七のスタンプの印影の真正は当事者間に争いがない)、第五〇号証の一ないし三を総合すると、原告は前記の虚偽の入庫報告書に基づいて別表記載のとおり被告カイキに支払をなして損害を蒙り、その合計金額は九、八〇九万六、五五〇円となることが認められる。

三、ところで、以上認定事実のほか次の事実が認められる。すなわち、証人加藤寛、同里見八州男、同中村昌訓及び同浜中征夫の各証言によると原告は入庫報告書により代金を支払つてのち実質的に自己所有となつた商品につき二年余の取引期間中一度も棚おろしをせず、わずかに最後に近い時点である昭和四九年四月里見八州男が棚おろし等点検のために来甲したが荷積が他の商品と混じつている等の理由でこれを断念して帰つた程度であることが認められ、又前掲甲第一〇号証の三、第一一号証の三、四、第一二号証の三、第一三号証の四、五、第一四号証の七、八、第一五号証の八、九、一〇、第一六号証の八、九(第一七号証の六)を見るとその記載自体により被告山梨通運名の印刷の上に重復して被告カイキのゴム印と社印が押されており、カイキのゴム印と社印がないのはわずかに甲第一六号証の一〇(第一七号証の七)のみであつて、原告が損害を受ける基礎になつた入庫報告書の殆んど全部がこのような原告の見地から見ると一見して疑問を抱いても当然である形式をとつていることが認められる。これら認定事実に前記二、3欄認定の事実を併せこれに基づいて次の点を指摘することができる。

原告は入庫報告書に基づいて漠大な金額を支払うのに被告山梨通運に対し入庫報告書の当事者間に営む機能について十分な説明を行つていず、寄託のための基本契約書さえ作成していない。さらにもともと入庫報告書に倉荷証券に代わる機能を与えようとすること自体無理である。すなわち、倉庫証券の発行をするについては主務大臣の許可を必要とし(倉庫業法一三条)、同証券には記載事項が法定されておりかつ倉庫営業者の署名又は記名捺印を必要とされており(商法六二七条、五九九条、商法中署名スベキ場合ニ関スル法律)、加えてこれを発行した場合には記帳すべく義務ずけられている(商法六二七条、六〇〇条)。このような手続上も内容上も厳格に定められていて一つの法制度として社会的に信用されているものであるのに、入庫報告書は一般の文書以上の何ものでもないのである。したがつてこのような入庫報告書を信用した者はそれに引きかえ危険も覚悟しなければならず、その危険を引き受けたくなければその危険防止のための慎重かつ万全の措置をとるべきである。

以上の諸事情を考慮するとき、当裁判所は原告のそれ相当の過失を斟酌せざるをえず、被告山梨通運の不法行為の態様との対比においてみるとき、同被告との関係においては原告の過失を七〇パーセントと評価し、これを過失相殺による減額要素として考慮するを相当とする。

他方、被告カイキとの関係において検討する。一般に不法行為法はある一つの社会的事象によつて生じた損失を当事者間ないし社会全体との関係において公平に分担させることを理念とするものであるところ、過失相殺はその理念にそい、不法行為の故意、過失、責任能力、相当因果関係、違法性、損害の発生等の要件及び共同行為の場合には共同不法行為の要件が充されて損害賠償請求権が発生し具体的な損害額を確定しうる最終段階においてこれを全部不法行為者の負担とするときは不法行為法の公平の理念にそぐわず、かつ被害者側にも非がある場合に、これを斟酌して修正する制度である。すなわち、それは不法行為による損害賠償債権額の認定の最終的な調整機能を有する法制度である。そして共同不法行為において共同の不法行為者が「連帯ニテ」損害賠償の責に任ずる旨の規定(民法七一九条)も前記の不法行為の理念にそつて解釈されなければならない。したがつて、共同不法行為の一人について過失相殺を是とするが他の一人についてこれを否とすることが公平の観念に合する場合には前者について過失相殺をなし、後者についてはこれをなさないという結論となるものと解すべきである。このような解釈論に基づいて考えるとき、被告カイキの代表者は前記認定のとおり故意に虚偽の入庫報告書を作成し、被告山梨通運の被用者にこれを示してスタンプを押させこれを利用して、不法行為をなしたものであるので、原告に前記のとおりの過失が認められるとしても、同被告のために過失相殺をなすことは公平の観念に反する。

それゆえ、過失相殺は被告山梨通運に対する関係においてのみこれをなし、被告カイキに対する関係においてはこれをなさないこととする。

四、以上の次第で、被告カイキは原告に対し前記損害額である金九、八〇九万六、五五〇円及びこれに対する不法行為の日の後日である昭和四九年一月七日から完済まで民事法定利率年五分の割合による損害金の支払義務があり、被告山梨通運は金二、九四二万八、九六五円及びこれに対する右同日から完済まで右同率の割合の遅延損害金をその限度で右被告カイキと各自に支払うべき義務があるものというべく、原告の本訴請求は右の限度で理由があるのでその限度で認容することとし、民訴法八九条、九二条、九三条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 東孝行)

(別表)〈省略〉

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